意義
何故自分は歩くのが好きなのだろう?
昨日はスタジオ前に家から自由が丘まで。帰りはO氏に送ってもらい、神奈川のあれは溝の口辺りかな、で降ろしてもらい、そこから戻る形で歩いた。溝の口は近すぎてダメですね。
ツアーとか旅に出ると、まず毎晩散歩している。どんな僻地だろうが、道が整備されてなかろうか。場所は忘れたけど、周りが殆ど工場しかなかったアメリカの中西部の夜とかを残像として覚えている。ロスではハリウッドからシルバーレイク方面まで歩いて、気狂い扱いされた。確かに2時間くらい歩いた気がするけど........でもバス怖そうだったしぃ、シルバーレイク方面の方にしか知り合いいなかったしぃ、寂しかったしぃ。
ロンドンに住んでいた時はリージェント・パークの外周を歩くのがすきだった。公園の中にあるロンドン動物園のところを歩くと、キリンの首が飛び出て見えて。あれが何故か好きだった。一昨年にロンドンに行った時、オフの日に東京でレコード屋とDJをやっていた友人のジェームズと公園で遊んだとき、わざわざその道を歩いた。キリンが見えて泣けたなぁ。
あと、あれはハムステッド駅かな、そこからゴルダーズ・グリーン駅まで歩くコースがあるが、あれも好きだった。何故か孔雀がいたんだよな。道の舗装の感じもイギリス独特で。
一昨年は前に住んでいた家まで戻ってみたけど、あれはかなり泣けるものがあった。何せ20数年振り。人間の記憶の層っいうか、記憶の深さは面白くて、歩き出すと勝手に身体が動いてくれた。カムデンの駅だと乗るホーム、エッジウェアの駅だとバス乗り場(場所が変わっていたので迷ったが!)。バスを降りたら、「うへぇ」という感じで勝手に進めた。
最初の2年間通った学校の前で撮った写真。よーくみると眼が潤んでいる。
当時はすべて大きく思えたものが実はそうでもなかったりして。
今日は何処を歩こうか。
